ブログをアメブロに移転しました

より検索しやすい形のブログ、アメブロに移転しました。

どうぞよろしくお願いいたします。こちらをクリック → クリック

 

 

患者力

何をするにしても受け身のままではいけない。黙っていれば、素晴らしい物が提供される、という考え方で「生」に関わって良いのは子どもだけである。

対価を払って何かを「受ける」立場になった時、私達は常に試される。本物の目を見ぬく目を持っているかどうか、正しい選択ができるかどうか…、そしてそれを見抜く心眼がなければ私達はかけがえのない「生きる時間」でその代償を払う事になる。

 

ホメオパシーを学習するにおいても、ホメオパシー診療を受けるにしても、当国際交流協会が期待しているのは「患者力」のある人である。患者力とは自分を顧みず、やみくもに批判するという力ではなく、常に問題の核心を見ようとする気持ち、自分の生活をきちんと見直し、生きるという事、死ぬという事を真剣に考えようとする気持ちである。

************

 

ブログを引っ越しました。こちらをクリック→クリック

0 コメント

太陽には太陽の輝きがあり、月には月の、そして星々には星々の明るさがある~ペスタロッチ~

ペスタロッチは1746年から1827年、スイスにいた教育者・教育学者で、孤児への教育を始め、あらゆる階層の人々への教育を普及させた人物である。

また家庭教育の重要性を示したペスタロッチが創設した学校は「まるで家庭の様」だったと言われている。

ホメオパシー教育において、当国際交流協会が目指す理念は、まさにペスタロッチが目指したものであると痛感する。 1人1人の生き様を尊重し、家庭医学の延長としてホメオパシーがあり、貧富の差による医療の機会均等を排除し、そして「太陽には太陽の輝きがあり、月には月の、そして星々には星々の明るさがある」というように全ての人の輝き尊重していける世界、しかしまた、人が生まれて育つ家庭を決して軽視する事のない地に足のついた世界、をこそ目指したい。

 

0 コメント

北米にレメディを発注すると分かる事~ホメオパシーの健全な普及の影で行われている事~

北米にレメディの1M以上を発注して輸入する事はできない。(私が知り得る限り)

輸入がダメならと

「現地ショップまで取りに行くので発注したい」

と言うと

「プラクティショナーの処方がないとダメです」(カナダのショップは軒並みこの返事)

と返事が来る。

しかし一方でヨーロッパ方面へ注文すると、自分がプラクティショナーかどうかも確認されず、レメディを輸出してもらえる。

とても便利な反面、恐ろしい事だ。

レメディは決して濫用してはいけないが、ヨーロッパのレメディ販売窓口は広い。

一方限ったレメディを限った人にしか販売しないという倫理が、北米でのホメオパシーを後押ししてもいる。よく

「アメリカは保険の関係でホメオパシーが普及したに過ぎない」

という話を聴くが、それならカナダでのホメオパシーの普及はどう説明できるのか。

まずはきちんとしたホメオパシー教育があり、続いてレメディに対する倫理規定があり、それがホメオパシーの普及に一役買っているとは考えられないのだろうか。

レメディを濫用することは、ホメオパシーを衰退させる事になる、これは論理矛盾しているようだが、実はレメディが一体どういうものかを考える良い命題でもある。

0 コメント

日本のホメオパシー関係者・ブロガーへのお願い

ホメオパシーを始めたサミュエル・ハーネマンはどんな医師よりも勤勉で研究熱心で患者思いの医師でした。そのハーネマンのホメオパシーはレメディを投与した瞬間から常に緊張感を伴う厳しい医療で、患者の治癒のみをひたすらに願うハーネマンは現在の救急救命医以上に追い込まれ、もがき続けていました。日本で見聞する学校広告、ブログとは全く異なります。

たった1人の命にも最大限の敬意を払ったのがサミュエル・ハーネマンです。

ですからハーネマンの哲学に従い、レメディを過剰に投与したり、相手の話をちょっと聞いてクライアントに会う事もなくレメディを投与したり、数行のレメディ紹介からレメディ摂取を促したり、ケガをしたからといってケガの内容の精査もしないで一辺倒のレメディを薦めたり…こんな危険なホメオパシーを行う事も、ブログで発信することも止めて下さい。

本当のホメオパシーはいわば医学部を出て救急救命医として日に何十人も患者をみている人が行い得る様な領域であったはずです。 どうかお願いです。これ以上いい加減なホメオパシーで多くの人の人生の軌道を狂わせるのは止めて下さい。

サミュエル・ハーネマンが遺したホメオパシーという名前を借りて、人々の人生を傷つける事だけはやめて下さい。

 

0 コメント

問題の本質~ホメオパシーと教育~

ホメオパシーは 症状の総体に対して処方する。では症状の総体とは何だろう。ホメオパシーを既に少しかじっている人も、そうでない人も考えて欲しいのだが、、、症状の総体とは、心の症状と体の症状(体の局所症状と全体症状)、悪化好転要因であり、その人の存在をトータルでみて、そのトータルに対して処方する。ただし、トータルで判断するというのは、ある意味で、成功してきた企業体も国家も、教育も、占星術も行ってきたことでホメオパシーだけに限った事ではない。

逆に小手先だけでどうにかしようと思って、生き続けているものは有史以来1つもない。同様にたとえレメディを用いたとしても、ミクロな視点だけでは問題は解決するどころかこじれてしまう。

教育の問題も同じくで、実際日本の歴史上奈良時代から現在まで続いている教育スタイルなど、何も存在していない。あるのは教育学者たちの教育哲学のみであり、小手先のやり方は変化し続けている。昭和時代以降は学歴偏重社会(もはや崩れつつはあるが)で育成されて来た僅か50年くらいの大人の尺度に合わせて、子供たちの創造性は早期に刈り取られ、早くから文字や数字を叩き込まれ、それが叶わない子どもは「発達障害」とされ、そのために、発達障害の子供の数は年々着実に増加している。

もちろん、発達障害ということの陰には、過剰な薬の濫用、予防接種の問題もあるが、それ以上に「没個性化」を押し進める社会的背景が作り出している事は否めない。教育者の育成よりも先に偏差値導入が進んだツケである。

教育とは、そもそもその子の可能性を見つけ開いていく事であると私は思うが、例えば、教育学者ルソーは

「すべてのものは、造物主の手から出たときは善であるが、人間の手の中では悪になる」(エミール)

と述べ、時期を考えないやみくもな教育によって子供がダメになってしまうと警鐘を鳴らしている。幼稚園の創設者フレーベルの教育観も「早期詰め込み教育」を目指すものでは決してない。

しかし、教育もホメオパシーも

「すべてのものは、造物主の手から出たときは善であるが、人間の手の中では悪になる」

のである。。。。

その問題がなぜ起こっているのか、問題のトータルを考え、さらにそれに応じた対応ができなければ、ホメオパスでも教育者でもない。その人にとって必要なのはレメディか?早期教育なのか、発達診断テストなのか、特殊学級なのか?

どんな手段も使う側に全体を見通す眼力がなければ、人間存在をダメにする。またどんな手段を使おうとも、何が本当の問題かをとらえ、解決する努力を惜しまない人が使えば効果はある。

0 コメント